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第3回 京都大学 − 稲盛財団合同京都賞シンポジウム2016.7.9-10
未来への窓 -バイオ・メディカルテクノロジー、数学、美術の眼を通して-(終了)

マリーナ グルジニッチ
美術分野

マリーナ グルジニッチ (Marina Gržinić)

スロベニア科学芸術アカデミー学術研究センター哲学研究所
リサーチアドバイザー
ウィーン美術アカデミー 教授

専門分野キーワード
イデオロギー、テクノロジー、生政治、死政治、トランスフェミニズム、脱コロニアリティ

講演テーマTitle of Presentation

「人間、そして生と死―科学、哲学、芸術の面から考える」

私が芸術的な試みと理論的な研究の対象にしているのは、生と死、人間であることの証、そして難民である。今日、私たちを取り巻く世界において、これらの概念と状況は、いずれも権力や支配などの絶え間ない暴力的な関係に囚われている。講演では、これらの問題について、理論、歴史、科学、政治、芸術を通して議論していく。ヨーロッパの難民キャンプ、EU圏の国境、あるいは地中海から回収された死体としての難民の状況と彼らの生命と身体の状態は、望まれていない死とか運命などと簡単に表現することはできない。また、このように甚だしい苦痛、死、窮状は、特定の歴史的状況に関連しており、それは現状と異なる点もあればつながっている点もある。つまり、私たちは、永続的な人間性喪失のプロセスに直面しているということなのである。

こういったプロセスにおける基本的な関係は、生と死の関係である。この関係は「生とは何か?」「死とは何か?」というような、内在する哲学的な問いと結び付いているだけでなく、生と死の「統治性(governmentality)」、つまり国家、政府、当局が生と死を管理、運営、統制する戦略や戦術の方法との関連性が高まっている。

私たちは現在、矛盾した状況に直面している。より良い生活を目指す政策――「バイオポリティクス(biopolitics)」という単語で論理上認識されているプロセス――を促進する現代資本主義社会においては、このことは当てはまらないのだ。バイオポリティクスとは、フランスの著名な理論家ミシェル・フーコー(1980 年没)が1970年代半ばに創造した単語であり、バイオ(bio:ラテン語で「生命」の意)とポリティクス(politics)を結び付けたものである。 2001年以降、この非常に評価の高いバイオポリティクスと対極にある状況が生じている。生ではなく死を管理することによって、新自由主義的グローバル資本主義が実際に価値(利益や支配)を生み出すようになっているのだ。

そのプロセスは「ネクロポリティクス(necropolitics)」と呼ばれる。ネクロポリティクスとはアフリカの理論家アキーユ・ンベンベが2003年に創造した単語であり、ネクロ(necro:ラテン語で「死」の意)とポリティクス(politics)を結び付けたものである。ネクロポリティクスは、資本によって生み出される異常な状況(死という状況)における生のコントロールの変化を明確にしている。ネクロポリティクスでは、死の認識によって生がコントロールされ、生は最低限の日常生活の下限を下回る単なる存在へと変わる。ネクロポリティクスは「ネクロキャピタリズム(necrocapitalism)」、すなわち現代資本主義の概念と結び付いており、収奪を伴う各形態の資本蓄積と、死の権力への生の服従を中心にして体系化される。2011年3月に起こった福島原子力発電所事故は、ネクロキャピタリズムの中核を成す「ネクロスケープ(死の空間)」のようなものを生み出してはいないだろうか?

これらのプロセスもすべて、歴史やこうした出来事を歴史に刻み付ける方法、あるいは記録や物体を介して歴史を再解釈する方法と関連している。この問題は、私が1980年代からアイナ・シュミッド氏と共同制作している映像の中心テーマであるだけでなく、日本人アーティストの石内都氏やポーランド人アーティストのゾフィア・クリク 氏の作品にも採り入れられている。

講演では以下のテーマについてお話しする。

I. バイオポリティクスとネクロポリティクスの関係をさらに明らかにする方法
II. これらの関係が、人間性、人間、難民の概念化に及ぼす影響
III. これらの関係の認識状況と関係の主体

講演の中で芸術の側面を中心的に取り上げるため、ダイアグラムを使用して話を進めていく。

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プロフィールProfile

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簡単な履歴

1958年クロアチアのリエカに生まれる。博士。大学教授、哲学者、芸術家で、スロベニアのリュブリャナ在住、オーストリアのウィーンにも在勤。リュブリャナにあるスロベニア芸術科学アカデミー科学研究センター哲学研究所(FI ZRC SAZU)でリサーチアドバイザーを務め、オーストリアのウィーン美術アカデミーで正教授として教鞭をとっている。

米国ノースカロライナ州デューク大学国際研究・人文科学センター、カリフォルニア州カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、カリフォルニア州サンフランシスコ芸術大学、大阪のIMI、ドイツ・シュトゥットガルトのメルツアカデミー、米国ニュージャージー州ラトガース大学ニューブランズウィック校女性・ジェンダー研究科、スイス・ジュネーブ造形芸術大学、オランダ・ミデルブルグのユトレヒト大学ルーズベルトアカデミー、コロンビア・ボゴタのボゴタ芸術学校(ASAB)など、多数の国で講義や指導を行っている。

1982年からはアイナ・シュミッドと共同で映像芸術に取り組み、2003年のオーバーハウゼン国際短編映画祭、2001年のウィーンのジークムント・フロイト博物館での「ラカン生誕100年記念(100 years of Lacan)」、1999年のストックホルム近代美術館でのエキシビション「アフター・ザ・ウォール(After the Wall)」、1999年のボンでの「ヨーロッパ、ヨーロッパ、中東欧の100年アバンギャルド(Europe, Europe, Hundred Years of Avant-garde in Central and East Europe)」など、多数のエキシビションやフェスティバルに参加している。

1995年、リュブリャナ大学人文学部哲学科で博士号を取得。哲学およびバーチャルリアリティ、サイバースペース、サイバーフェミニズム(ハラウェイが提唱)、ポストコロニアル理論(トリン・T・ミンハが提唱)、フランス構造主義、メディア理論(ボードリヤール、クーショ、クロナリス、トマダキ、ヴィリリオらが積極的に活動)の分野で博士号を取得したスロベニア人(および、おそらく旧ユーゴスラビア人)の最初の1人となる。1997年から1998年にかけて、政府助成金で創設された日本学術振興会からの資金支給を受けて、東京工芸大学で博士研究員(ポスドク)の研修を修了し、草原真知子教授のもとで1年間研究を行った。2001年には、米国ニューヨークのギャラリーapexartでの「研修プログラム」への参加を認められた。

スロベニアでは、現在「リュブリャナ・オルタナティブ(Ljubljana Alternative)」として知られているサブカルチャー運動(1980年代に映像制作やパフォーマンスアートなどの新しい芸術的表現を発展させた)の設立に参加し、ゲイとレズビアンの環境についてなど政治に関与する運動、スロベニアにおける芸術と文化の状況についての議論を構成するその他の多数の活動に関わった。

理論的研究として、主に現代哲学とモダニズム以降の美学に注目している。具体的には、イデオロギー論、テクノロジー論、バイオポリティクスやネクロポリティクス、映像技術、脱植民地化(decoloniality)とトランスフェミニズムの関係に力を注いでいる。その哲学、理論、芸術に関する活動は、理論的・哲学的観照から生じる解釈の自由な領域で行われるのではなく、明確な理論的実践と介入、および関連する文化から生じているのである。

主な受賞・栄誉等
主な論文・著作等

Marina Gržinić, Fiction reconstructed: Eastern Europe, post-socialism & the retro-avant-garde. Vienna: Selene, 2000.

Marina Gržinić, Situated contemporary art practices: art, theory and activism from (the east of) Europe. Ljubljana: ZRC Publishing; Frankfurt on Main: Revolver – Archiv für aktuelle Kunst, 2004.

Marina Gržinić, Une fiction reconstruite : Europe de l’Est, post-socialisme et rétro-avant-garde, (Ouverture philosophique). Paris, Budapest, Torino: Harmattan, 2005.

Marina Gržinić, Re-politicizing art, theory, representation and new media technology, (Schriften der Akademie der bildenden Künste Vienna, Vol. 6). Vienna: Schlebrügge.Editor, 2008.

Marina Gržinić, “A political intervention in the digital realm.” In: RUSSEGGER, Georg (ed.), TARASIEWICZ, Matthias (ed.), WLODKOWSKI, Michal (ed.). Coded cultures: new creative practices out of diversity. Vienna, New York: Springer, 2011, pp. 116-134.

Marina Gržinić, “A patiently constructed genealogy.” In: KELLY, Karen (ed.), SCHRÖDER, Barbara (ed.), VANDECAVEYE, Giel (ed.). Dara Birnbaum: the dark matter of media light. Ghent: Stedelijk Museum voor Actuele Kunst; Porto: Museu de Arte Contemporânea de Serralves; Prestel etc.: DelMonico Books, 2011, pp. 137-151

Marina Gržinić and Šefik Tatlić, Necropolitics, Racialization, and Global Capitalism. Historicization of Biopolitics and Forensics of Politics, Art, and Life. Lanham, MD: Lexington books, 2014.

Marina Gržinić, “Europe’s colonialism, decoloniality, and racism.” In: BROECK, Sabine (ed.), JUNKER, Carsten (ed.). Postcoloniality – decoloniality – black critique: joints and fissures. Frankfurt on Main, New York: Campus, 2014, pp. 129-144

Marina Gržinić, “The question of the militant image.” In: The militant image reader. 1st edition. Graz, Austria: Camera Austria, 2015, pp. 21-26.

Marina Gržinić, “1977-1984: A time that lives on – just differently.” In: GRŽINIĆ, Marina, et al. Was ist Kunst?: resuming fragmented histories, Künstlerhaus Halle für Kunst & Medien. [Nürnberg]: Verlag für moderne Kunst, 2015, pp. 20-45.

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