講演テーマTitle of Presentation
「スピントロニクス -III-V族磁性半導体の創成から集積回路応用まで-」
スピントロニクスの研究を始めて30年近くなります。スピントロニクスは、電子のスピンという性質を使うエレクトロニクスです。スピンが揃った物質の代表は磁石で、古代ギリシャや古代中国から知られています。モーターにも使われますし、ハードディスクに情報を不揮発に記録するときにも利用されていて、現代社会において必要不可欠な物質です。しかし磁石は一度つくってしまうと通常その性質は変えられません。もう一つの有用な物質である半導体は、抵抗をあとから電気的に変化させることができます。この二つの物質の間にあるギャップに橋を架けられないか、研究の出発点で考えました。
きっかけは、IBMに当時在籍していた江崎玲於奈先生の研究室に客員研究員として1988年から滞在した1年半でした。テーマとしてデバイス応用が進んでいるIII-V族化合物半導体を磁性体することを取り上げました。幸いにして自然には存在しない(In,Mn)As 、III-V族化合物半導体InAsと磁性原子Mnとの混晶、を合成することに成功しました。また成長条件を変えると低温で磁石となる、すなわち強磁性半導体となることも見出しました。
東北大学でこの研究をさらに推し進めました。まず、ポーランドのTomasz Dietl先生との共同研究で、この強磁性相の安定化にはキャリアが寄与していることを理論モデルで明らかにしました。キャリア濃度の増減は電気的に行えますので、磁性(すなわちスピン)の電気的制御に道が開けました。いくつかあった技術的困難を乗り越えて、絶縁体/半導体界面における電界効果を用いた強磁性の制御を実現しました。電界でキャリア数を増減させることにより、強磁性物質の強磁性相転移温度が制御できること、さらにはスピン・軌道相互作用を介して磁石の重要な性質である保磁力や磁気異方性が変調されることを一連の実験で明らかにしました。磁石の性質をつくった後で制御できることを、物質の創成から始めてようやく実証したのです。この研究は、多くの研究者を刺激し、金属磁性体を対象とした研究にも広がりました。現在では磁化の電界スイッチングを用いた省エネルギー素子の不揮発性メモリ素子が開発されつつあります。
応用につながる素子を、一連の研究から発明することもできました。電界制御を金属系に発展させる過程での発見です。電界制御には金属強磁性体を数nmと極薄膜にしなければなりません。応用上重要なCoFeB(磁石)とMgO(絶縁体)の系で、CoFeBを極薄膜にしたところ、絶縁体と金属強磁性体の界面に存在する界面垂直磁気異方性により、素子の高性能化に不可欠な垂直磁化容易軸が実現できました。早速40nmと微細な磁気トンネル接合素子と呼ばれるスピントロニクス素子を作製し、高性能であることを確認して報告しました。2010年のことです。この素子構造は、現在世界標準となって、集積回路用スピントロニクス素子として使われています。
講演では研究の楽しさやダイナミズムをエピソードを織り交ぜながらお話しできればと思います。
プロフィールProfile
- ホームページ URL
- http://www.ohno.riec.tohoku.ac.jp/
- http://www.csis.tohoku.ac.jp/
- 簡単な履歴
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東京大学大学院工学系研究科修了(1982)。工学博士。北海道大学工学部電気工学科講師(1982-1983)、同助教授(1983-1994)、アメリカ合衆国IBMトーマス・J・ワトソン研究所客員研究員(1988-1990)を経て、東北大学工学部電子工学科教授(1994-1995)、同大電気通信研究所教授(1995-)。東北大学電気通信研究所附属ナノ・スピン実験施設長(2004-2010、2012-2013)。現在は、同大省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター長(2010-)、原子分子材料科学高等研究機構主任研究者(2010-)、同大電気通信研究所長(2013-)、同大国際集積エレクトロニクス研究開発センター教授(2012-)、同大スピントロニクス学術連携研究教育センター長(2016-)を務める。主な研究プロジェクトは、日本学術振興会・未来開拓学術研究推進事業・プロジェクトリーダー(1994-2002)、科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)・戦略的創造研究推進事業・研究総括(2002-2008)、文部科学省RR2002・ITプログラム・プロジェクトリーダー(2002-2007)、同省・未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発・研究代表者(2007-2012)、同省・次世代IT基盤技術構築のための研究開発・研究代表者(2012-)、内閣府・最先端研究開発支援プログラム・中心研究者(2010-2014)、内閣府・革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)・プロジェクトリーダー(2014-)など。Institute of Physics(イギリス)、応用物理学会(日本)、American Physical Society(アメリカ)フェロー、東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー、日本学術会議会員(第三部幹事)。
- 主な受賞・栄誉等
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1998 日本IBM科学賞 2003 The IUPAP Magnetism Prize 2005 日本学士院賞 2005 Agilent Technologies Europhysics Prize 2011 Thomson Reuters Citation Laureate 2012 応用物理学会業績賞 2012 IEEE David Sarnoff Award 2015 応用物理学会化合物半導体エレクトロニクス業績賞(赤﨑勇賞) 2016 江崎玲於奈賞 2016 C&C賞 - 主な論文・著作等
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H. Ohno, H. Munekata, T. Penney, S. von Molnár, and L.L. Chang, “Magnetotransport properties of p-type (In,Mn)As diluted magnetic III-V semiconductors,” Physical Review Letters, vol. 68(17), pp. 2664-2667, 1992
H. Ohno, A. Shen, F. Matsukura, A. Oiwa, A. Endo, S. Katsumoto, and Y. Iye, “(Ga,Mn)As: A new diluted magnetic semiconductor based on GaAs,” Applied Physics Letters, vol. 69 (3), pp. 363-365, 1996
H. Ohno, “Making nonmagnetic semiconductors ferromagnetic,” Science, vol. 281, pp. 951-956, 1998.
Y. Ohno, D. K. Young, B. Beschoten, F. Matsukura, H. Ohno, and D. D. Awschalom, “Electrical spin injection in a ferromagnetic semiconductor heterostructure,” Nature, vol. 402, pp. 790-792, 1999
T. Dietl, H. Ohno, F. Matsukura, J. Cibert, and D. Ferrand, “Zener model description of ferromagnetism in zinc-blende magnetic semiconductors,” Science, vol. 287, pp. 1019-1022, 2000
H. Ohno, D. Chiba, F. Matsukura, T. Omiya, E. Abe, T. Dietl, Y. Ohno, and K. Ohtani, “Electric-field control of ferromagnetism,” Nature, vol. 408, pp. 944-946, 2000
S. Ikeda, K. Miura, H. Yamamoto, K. Mizunuma, H. D. Gan, M. Endo, S. Kanai, J. Hayakawa, F. Matsukura, and H. Ohno, “A perpendicular-anisotropy CoFeB-MgO magnetic tunnel junction,” Nature Materials, vol. 9, pp. 721-724, 2010
S. Fukami, C. Zhang, S. DuttaGupta, A. Kurenkov, H. Ohno, “Magnetization switching by spin-orbit torque in an antiferromagnet-ferromagnet bilayer system,” Nature Materials, vol. 15, pp. 535-541, 2016.
S. Kanai, F. Matsukura, and H. Ohno, “Electric-field-induced magnetization switching in CoFeB/MgO magnetic tunnel junctions with high junction resistance,” Applied Physics Letters, vol. 108, 192406 (4 pages), 2016.
S. Souma, L. Chen, R. O. dowski, T. Sato, F. Matsukura, T. Dietl, H. Ohno, and T. Takahashi, “Fermi level position, Coulomb gap, and Dresselhaus splitting in (Ga,Mn)As,” Scientific Reports, vol. 6, 27266 (10 pages), doi:10.1038/srep27266, 2016.