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第4回 京都大学 − 稲盛財団合同京都賞シンポジウム2017.7.1-2
夢とロマンをはぐくむ芸術および科学・技術(終了)

中沢 新一
映画・演劇分野

中沢 新一

人類学者
明治大学野生の科学研究所 所長

専門分野キーワード
人類学、哲学、芸術

講演テーマTitle of Presentation

「芸術のロゴスとレンマ」

上部旧石器時代に、人類の脳組織が現在の我々のものと同じ「ホモサピエンス」としての構造をもつにいたったとき、人類はアナロジー(喩)を組み込んだ言語と、絵画的表現能力と、音階の構造をもつ音楽をおこなう能力を獲得した。いわば、ホモサピエンスは芸術をおこなう能力とともに出現したと言える。

 

アナロジーは異なる意味領域の重ね合わせによってなりたつ。それ以前の人類は単語を統辞法にしたがって並べる「ロゴス的」な言語を使用していたのにたいして、アナロジー的な言語は詩的表現をおこなう能力を、ホモサピエンスにもたらした。詩的表現では単語と単語は喩によって結び合い、音の響き合いによって部分と全体が共鳴現象を起こす。このような構造をもつアナロジー言語をホモサピエンスは使用しだした。このことは、人類の言語の基底には詩的、音楽的な本質が埋め込まれていることをしめしている。「音楽的言語」をしゃべることによって、ホモサピエンスは生まれたわけである。

 

ヨーロッパ考古学の例がしめすように、ホモサピエンスは洞窟の中で儀礼をおこなった。広い、真っ暗な空間の中で、岩の壁面に絵を描き、合唱をおこなったことが推測されている。洞窟内部での音楽的発声は、自然倍音の現象を起こす。この倍音相互の間に、アナロジー能力をもつ知性は「同一性」を発見できるようになっている。基音のDoと一オクターブ高い倍音のDoが、「同じ音」であることを発見するのだ。すると基音から四度離れた音、五度離れた音が認識され、自然なかたちの五度音階が生まれる。ここから鳥たちのおこなう音楽と異なる、ホモサピエンスの音楽に特有の「音階」が生まれる。アナロジー構造を備えた言語の能力からは、音楽が自然なかたちで発生できる。

 

それと同時に、驚くべき完成度の高さをもった絵画表現が可能になっている。走るバイソンの姿などを描いた絵画には、対象を直感的かつ全体的に把握する知的能力がしめされている。直感的にとらえた対象の全体を、岩の壁面のような「平面上」に射影して、一方向から見られた動物の姿を描写できる。また逆に射影された部分的な情報から、想像力の中で全体像が再現できるようになっている。

 

ホモサピエンスは芸術的能力をもって出現した。その脳においては、線形的な「ロゴス」的能力と、全体的な把握をおこなう「レンマ」的能力が組み合わされた複論理(バイロジック)が作動している。この事実は近代(現代)人のおこなう芸術活動の本質をも決めている。未来における科学と芸術の関係は、この事実を抜きにして語ることはできない。

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プロフィールProfile

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簡単な履歴

1950年(昭和25年)5月28日生。山梨県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。思想家・人類学者。現在、明治大学野生の科学研究所所長。
チベットで仏教を学び、帰国後、人類の思考全域を視野にいれた研究分野(精神の考古学)を構想・開拓する。中央大学教授、多摩美術大学芸術人類学研究所所長を経て、現在明治大学野生の科学研究所所長。著書に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞)、『カイエ・ソバージュ』全5巻(『対称性人類学』で小林秀雄賞)、『緑の資本論』、『精霊の王』、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)、『芸術人類学』、『野生の科学』、『日本文学の大地』など多数。近著に『熊楠の星の時間』、『俳句の海の潜る』(小澤實との共著)がある。これまでの研究業績が評価され、2016年5月に第26回南方熊楠賞(人文の部)を受賞した。

主な受賞・栄誉等

サントリー学芸賞(思想・歴史部門)
第44回読売文学賞(評論・伝記賞)(『森のバロック』)
第4回斎藤緑雨賞(『哲学の東北』)
第12回伊藤整文学賞(評論部門)(『フィロソフィア・ヤポニカ』)
第3回小林秀雄賞(『対称性人類学 カイエ・ソバージュV』)
第9回桑原武夫学芸賞(『アースダイバー』)
第26回南方熊楠賞(人文の部)

主な論文・著作等

『チベットのモーツァルト』
『雪片曲線論』
『森のバロック』
『精霊の王』
『カイエ・ソバージュ』全5巻
『ポケットの中の野生』
『アースダイバー』/『大阪アースダイバー』
『芸術人類学』
『野生の科学』
『熊楠の星の時間』

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